内藤まろの書き写したい日本語

7月, 2013年

親子そば三人客 泉鏡太郎

2013-07-25 内藤まろ

「花まきを一つ、」と誂へて、縞の羽織の片手を懐に、

右手で焼落しの、最う灰になった大火鉢をぐい、と

引き寄せながら、帳場格子を後にして整然と座った、

角帯に金鎖を見せた客があった。彼是十二時に近い頃、

雨上がりの春寒い晩である。

「まきを一、」と媚かしい声で通したが、やがて十能に

真赤なのを堆く、紅の襷がけ、丸く白い二の腕あたり

惜気もなう、甲斐甲斐しく、土間を蓮葉にカラカラと

突っかけ下駄で持って来て、金火箸を柄長に取って

火鉢にざッくり。

雄略天皇

2013-07-24 内藤まろ

籠もよ み籠もち ふ串もよ みふ串もち

この岳に 菜摘ます児 家聞かな 名告らさね

そらみつ 大和の国は おしなべて われこそ居れ

しきなべて われこそ座せ われこそは 告らめ

家をも名をも

 

こもよ みこもよ ふくしもよ みふくしもち

このおかに なつますこ いえきかな なのらさね

そらみつ やまとのくには おしなべて われこそをれ

しきなべて われこそませ われこそは のらめ

いえをもなをも

西行

2013-07-24 内藤まろ

雲雀あがる大野の茅原夏来れば涼む木陰をたづねてぞ行く

ひばりあがるおおののちはらなつくればすずむこかげをたづねてぞいく

 

夏の夜は篠の小竹の節近みそよやほどなく明くるなりけり

なつのよはしののこたけのふしちかみそよやほどなくあくるなりけり

 

夏の夜の月見ることやなかるらん蚊遣火たつる賤の伏屋は

なつのよのつきみることやなかるらんかやりびたつるしずのふせやは

 

露の散る蘆の若葉に月さえて秋をあらそふ難波江の浦

つゆのちるあしのわかばにつきさえてあきをあらそふなにはえのうら

 

掬ぶ手に涼しき影を慕ふかな清水に宿る夏の夜の月

むすぶてにすずしきかげをしたふかなしみずにやどるなつのよのつき

山上憶良

2013-07-21 内藤まろ

牽星(ひこほし)は 織女(たなばたつめ)と

天地(あめつち)の  別れし時ゆ いなむしろ

川に向き立ち 思ふそら   安らかなくに 嘆くそら

安らかなくに 青波に   望みは絶えぬ 白雲に

涙は尽きぬ かくのみや 息づき居らむ かくのみや

恋ひつつあらむ さ丹(に)塗りの

小舟(をぶね)かもがも    玉巻きの 真櫂(まかい)もがも 朝凪に

い掻き渡り 夕潮に   い漕ぎ渡り 久方の

天の川原に 天飛ぶや 領巾(ひれ)片敷き

真玉手(またまで)の 玉手さし交へ あまたたび

いも寝てしかも 秋にあらずとも

 

反歌

風雲(かぜくも)は二つの岸に通へども吾が遠妻の言(こと)ぞ通はぬ

磔(たぶて)にも投げ越しつべき天の川隔てればかもあまたすべなき

斎藤茂吉

2013-07-19 内藤まろ

けふもまた雨かとひとりごちながら三州味噌をあぶりて食むも

けふもまたあめかとひとりごちながらさんしうみそをあぶりてはむも

 

雨ひと夜さむき朝けを目の下の死なねばならぬ鳥見て立てり

あめひとよさむきあさけをめのもとのしなねばならぬとりみてたてり

 

猫の舌のうすらに紅き手ざはりのこの悲しさを知りそめにけり

ねこのしたのうすらにあかきてざはりのこのかなしさをしりそめにけり

 

ほのかなる茗荷の花を目守るときわが思ふ子ははるかなるかも

ほのかなるめうがのはなをまもるときわがおもふこははるかなるかも

 

昭和四年発行 改造社現代短歌全集より

Copyright© 2018 内藤まろの書き写したい日本語 All Rights Reserved.