内藤まろの書き写したい日本語

親子そば三人客

2013-08-09 内藤まろ

「一合正宗をつけておくれ。」

「お君や、熱くしてお上げ申しな。」

「はい、はい、」

母親と客へ二ツ返事で、お君という娘、向をかへると手を上へ、

一寸爪立ったが、真暗な棚の、貼札を正面にならんでいる、罎の中から

一本抜いて、直ぐしたの板の間へ、無造作に十能を差置いて、

小刻みに、やがて、煤けた柱でくぎったやう、磨硝子を嵌めたる如き、

湯気のむらむらとして、洋燈の朦朧とある中へ見えなくなる。

彼処に父親が居て、其のかゝりで、

「かへ一上、と口早也。

「あいよ、」

直ぐに娘は盆を据えて、片手を振りながら、台所の曇ったやうな

中仕切りの敷居を跨いで、結綿に結んだ手柄の色、鮮麗に露れたが、

此の註文は別に一人。

入口に極近く、障子に肩の触れるばかり、しをれたさまして、

羽織も着ないで、頬被をして居たらしい、なえた手拭を

項に絡いて、身を窄めて居たわかいもので、顔を灯に背けたから、

年紀の頃はよく分らず。

 

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