内藤まろの書き写したい日本語

親子そば三人客

2013-08-06 内藤まろ

「然やうさ、」といひかけて、火鉢の縁に頬杖した、

客はフト心付いたやうに、自分と斜向に、其は入口の、

一間破れた障子を背。上框に腰をかけた、左足を土間一杯に踏伸し、

銅色の艶々と、然も痩せた片足を前はだけにぐいと折って、

踵で臍を壓するばかり、斜めに肩を落として、前のめり、

居睡すると身ゆるやう。左利の拇指と、人差を割ったのに、

薄手の猪口を挟んで、肘を鍵形にちゃッちこばらせ、貧乏揺ぎといふ、

總身をゆすぶッては俯向いたまゝ、猪口を鼻の先で押つけるやうにして

酒を嗅いで居る親仁があった。これを見て、目を返して、

いま引返さうとする娘が、襟足の雪のやうに鬢の浮いた、

蓋子もしなよく、すらりとした後姿を、

「あゝ、姉さん、」

「はい、」とあでやかに振返る。

 

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